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福井県越前市池の上町8-5-1
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弟子入りから約十年ののち。
辛い修業時代を乗り越えた北川清栄は、三代目から独立いたします。
そしてしだいに、「従来の鬼瓦」を進化させるという道へ分け入っていくようになるのでございます。
時は昭和20年代後半。
花鳥風月や人物などを中心に、
これまでは立川流鬼瓦にさえなかった北川鬼瓦ならではの図案や立体的な作風を多数生み出してゆくようになるのです。
やがてその腕は多くの人に認められるところとなり、
北川鬼瓦の製品は国内に広く届けられるようになってゆきました。
当然、注文量も増えましたが、それを陰から支えたのが清栄の実子・富江とその弟・充でございました。
二人の姉弟はその多忙極まる時期に大いに腕を磨き、父・清栄とともに多くの重要文化財級寺社仏閣の復元作用にも携わりました。
やがて平成元年――
清栄はついに、職人最高の栄誉とされる「現代の名工」に任じていただいたのでございます。
続く平成2年には日本鬼師の会が設立され、清栄が同会の初代顧問に就任いたします。
そして平成6年、
長年の功績と皆々様のおかげで、天皇陛下から「瑞宝章」という栄誉を賜るに至りました。
それから二十数年。
お陰様で県内からだけでなく県外からのご用命も続き、現在立川流のたすきは五代目・富江へと受け継がれております。
富江は、長い鬼師の歴史上初めて現れた女性親方でございました。
その分、男親方よりも責務は余分に重かったことでしょう。
それでも四代目の元で磨き続けた彼女の鬼瓦は、
男性社会で生きる業界関係者方からも、
「やっぱ、鬼は北川さんトコが一番ええのお」
とお褒め頂ける製品として、今日まで日本全国へ届けられております。
また2千ゼロ年代からは、幼いころより工房の土に触れて育った富江の息子・順一が職人の道に入りました。
立川流鬼瓦を継ぐ次代として、五代目の下修業に励む日々を送っております。
北川鬼瓦は、本邦最古の継続した鬼瓦工房でございます。
我々はその責務を胸に、これからも本物の鬼瓦を残すべくあゆみを続けて参る所存でございます。
2015年3月17日更新