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福井県越前市池の上町8-5-1
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日本人は無神論者が多い。
というのは、昔からよく聞く言葉かと思われます。
お祭りや盆暮れの参拝など、スピリチュアルなことに関わる年中行事もその数は多いものの、本心から神霊を信じて、それらを行われている方というのは近代以前に比べ、格段に減っているように感じられます。
魔除けや縁起物も同じで、色々な場所の様々な形で販売されていて、数字だけで見れば凄まじい数のお守りや福々しい人形などが買われている。
いるけれど、別に本当に神さまがいて助けてくれるって心から信じているわけじゃあないんだよ。
というのが、現代人なのではないでしょうか。
いえ、その在り方をうんぬんかんぬん申したいのではないのでございます。
むしろ、お買い上げになられる方は、それで十分過ぎるほどだと存じます。
では、でございます。
そんな時代に鬼瓦はどうなのか。
タイトルに掲げさせていただきました、
「鬼瓦は単なる飾りなのか」
この現実を、鬼師はどう考えているのか。
それが本稿の主題でございます。
さて、前置きが長くなってしまい申し訳ありません。
ではこの疑問を考えるに当たり、まず、瓦屋根が初めて葺かれた時のことを考えてみたいと存じます。
現在鬼瓦の多くが載せられる、棟の端。
そこにあてがわれた最初の瓦は?
どんな魔除け的、あるいは役儀的使命を持っていたのでしょうか。
期待しました。
期待して資料を探しました。
ですが、現実にはのし瓦を積み上げがんぶり瓦で葺いた棟の端をふさぐためだけの、それだけの物であったらしいということが分かりました。
当然、そこには味わいも趣もありません。雨露を防ぐ役目だけしか持っていなかったのです。
のです、が――
やがて瓦発祥の地・中国では、屋根の中でも目立つ位置にあり人目を引く棟の端に、意匠がこらされるようになったのです。
そして丸瓦の突端に蓮華模様を描いたり、棟の端に鴟尾(しび)を配する形で装飾瓦が生まれまれたのです。
その変化は日本に瓦が伝来したのちも続き、我が国固有の鬼瓦へと発展してゆくわけですが、 そこまで瓦に意匠を凝らしたのは、人々が瓦の文様に、それだけ様々な想いをたくしていたということの証明ではないでしょうか。
冒頭にも書かせていただきました。
科学が進歩し、近代以前の考えは徐々に捨てられつつあります。
ですが、どうやらそのような流れは関係なかったようでございます。
我々鬼師が、製品を手に取られた方のさらなる繁栄と健康を願い鬼瓦を製作することこそが肝要。
昔と変わらずに。
私たちはそのように考えております。
※本稿の記述内容には諸説ございます
2015年1月6日更新